導入施設のご紹介: 河北ファミリークリニック南阿佐谷

外国人患者の気持ちがわからず、不安に感じた経験

――医療×「やさしい日本語」をお知りになったきっかけを教えてください。


塩田 当クリニックは、外来診療や訪問診療を行う“家庭医”の診療所です。そのため、プライマリ・ケアの学会などに参加する機会が多いのですが、そこで「やさしい日本語」を使う意義について耳にし、関心を持ちました。院内で「やさしい日本語」の勉強をしようとテキストを購入したタイミングで、こちらの事業のことを知り、2022年11月に初めての研修会を開きました。

――こちらのクリニックでは、外国人の方はどのくらい来院されますか。また、外国人患者さんとのコミュニケーションに難しさを感じることはありましたか。

塩田 外国人の患者さんは、1日に1~数人程度受診されています。中国、韓国、ネパールの方が多く、中でもネパール人の患者さんは、コミュニケーションに難しさを感じることが比較的多いように思います。ご本人が日本語をあまり話せない場合もありますし、友人や家族が通訳役として同席する場合も、「患者さん本人が不満そうな表情で何か話しているのに、同席者は『大丈夫です』と伝えてくる」といったケースもあり、患者さんと私たちがお互いに言いたいことをきちんと伝えられているのか、不安を感じることがあります。

山下 外来や在宅診療のトレーニング中の研修医が、患者さんに丁寧に接しようとするあまり、外国人の患者さんにもとても丁寧な敬語を使ってしまい、言いたいことがほとんど伝わらなかった、ということもあったようです。

塩田 ネパールでは医師の立場が強く、患者が医師の言うことに“ノー”とは言えないそうなんです。そういう事情もあって、実際の外来では、外国人患者さんが私たちに「分かりません」とおっしゃることはほとんどありません。研修会のロールプレイで、模擬患者さんに「それでは伝わりにくいです」とはっきり教えていただいて、初めて気付くことは多かったですね。

日本語を使うことへの抵抗感がなくなった

――実際の診療で「やさしい日本語」を使ってみて、変化を感じることはありますか。

山下 外国人患者さんとのコミュニケーションがうまくいかないと感じる場面が減った、という実感はあります。使う言葉を変えた、という直接的な理由もあると思いますが、それよりも、私たち医療者側に“日本語を使ってコミュニケーションを取ることへの抵抗感”がなくなった、という心理的な変化の影響が大きい気がしています。以前は「ネパールの方にはネパール語の指さし会話帳を」というように、相手の言葉に合わせようとする意識が強く、それがプレッシャーにもなっていました。「やさしい日本語」という選択肢を持つことで、そのプレッシャーがなくなり、外国人患者さんと接する心理的な障壁がかなり下がったと思います。

塩田 たしかにそうですね。院内では多言語対応を中心に取り組んできましたが、「やさしい日本語」を使うことも一つの正解だと知って、今までいろいろ悩んでいたことがすっきりした感覚があります。

山下 それに、「やさしい日本語」を使い始めてから、患者さんにとって本当に必要な情報とは何か、を今まで以上に意識するようになりました。熟語や難しい表現が使えない「やさしい日本語」は、たくさんの情報を入れ込むことができません。それは一見デメリットのようで、実は、情報を精査する意識を高めるというプラスの面もあると思っています。患者さんに「何を伝えるか」と「どう伝えるか」をよく考えるようになり、その意識は、外国人に限らず幅広い患者さんの診療に生かせるものだと思います。

区内の医療機関向けに研修会を企画

――医療×「やさしい日本語」を使っていく上での課題はありますか。

塩田 日々の診療で使って、トライ&エラーを繰り返し、伝わりやすい話し方に慣れていくことがこれからの課題だと思っています。ただ、先ほどもお話ししたように、実際の患者さんからはなかなかフィードバックを得にくいので、定期的に研修をしてブラッシュアップしていくことが必要かもしれませんね。

山下 「やさしい日本語」を使うかどうかは、個人の意識に負うところが大きく、クリニック全体としての効果が見えにくいという難しさはあると思います。研修会を開いたり、スタッフ間でフィードバックし合ったりしながら、組織として「やさしい日本語」を使う文化を醸成し、全体のレベルアップを図っていくことが大切だと思っています。

――これから、医療×「やさしい日本語」をどのように生かしていきたいですか。

塩田 今後、同じ杉並区内にある医療機関向けに「やさしい日本語」の研修会を開く計画を進めています。この研修会で、たくさんの先生方に「やさしい日本語」に触れていただき、「これぐらいなら自分にもできるな」と感じてもらうことが、この地域全体の外国人の医療アクセス向上に繋がると考えています。また、研修会では、区内の外国人の方に模擬患者として参加してもらう予定です。これを機に、地域の外国人のみなさんと顔が見える関係を築き、よりよい医療に繋げられるのではないかと期待しています。

山下 外国人の医療へのアクセスをいかに改善していくかは、当院だけでなく、地域全体で考えなければならない課題だと思います。多くの医療機関に「やさしい日本語」が普及し、外国人を含め、すべての人が受診しやすい医療機関づくりを考えるきっかけになるといいですね。私たちもまだ手探りで「やさしい日本語」を運用している段階なので、ほかの医療機関のみなさんと「こんなふうに活用しています」「こんなポスターを作りました」といった実践的な事例を共有していけたらうれしいです。

社会医療法人河北医療財団 河北ファミリークリニック南阿佐谷
写真2006年に河北医療財団に「河北家庭医療学センター」を開設以来、河北サテライトクリニックを拠点として家庭医療(外来診療と訪問診療)を実践しています。2019年3月4日、ISM ASAGAYAビルの3・4・5階に「河北ファミリークリニック南阿佐谷」を開院し、診療の拠点を阿佐谷から南阿佐谷に移すと同時に「河北訪問看護・リハビリステーション阿佐谷」もビルの6・7階へ移転して、包括的な地域医療を提供する体制を整備。さらに、ビル8階には地域の皆さまが集える空間「暮らしの処方箋」を設けて、住み慣れた地域で継続的に安心して生活できる健康な街づくりにも挑戦しています。

【住所】166-0004 東京都杉並区阿佐谷南1-16-8 ISM ASAGAYAビル3・4・5F
【TEL】03-5356-7160
【Web】https://kawakita.or.jp/suginami-area/family/
【病院長】塩田 正喜
【診療科】内科、小児科、訪問診療(在宅医療)