研究会について

設立の経緯

医学教育の一環として、武田裕子は「外国につながりのある子どもたち」への支援団体の活動に学生と参加したいと考えていました。活動に際して、外国人支援団体の新居みどりから、コミュニケーションツールとして「やさしい日本語」の存在を教えられました。医療界ではほとんど知られていなかったことと、その効果の大きさを実感したこともあり、医療関係者に広く知らせたいと思いました。せっかくなら組織的に動きたいと考え、研究会という形を取ることにしました。組織化するにあたり、日本語の専門家である岩田一成に協力を求め、さらにヘルス・コミュニケーションの専門家である石川ひろのの参加を得ることができ、現在に至っています(2020年4月現在)。

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設立メンバー

武田裕子(順天堂大学大学院医学研究科・教授)

武田裕子

専門: 医学教育、地域医療、プライマリ・ケア、国際保健
活動:健康格差の社会的要因(SDH)に関する教育・研究を大学で行い、週に一度、都内の在宅医療クリニックで訪問診療に従事
目標:病院の入り口に立てない方々の存在を伝えて、「自己責任」といわない、コミュニティと協働できる医療者を育てる
その他:宮崎県出身。路上生活者への支援活動に参加し、医療相談を定期的に行っている。医学生の実習先を相談した新居氏を通じて、「やさしい日本語」と出会う 。

新居みどり(特定非営利活動法人 国際活動市民中心(CINGA)コーディネーター)

新居みどり

専門:多文化共生事業とコーディネーター
活動:多言語・多文化にかかわる専門家ネットワークのNPOの職員。外国人相談、コミュニティ通訳や地域日本語教育等の事業に従事
目標:未来とは人間によって創造されるべきものである
その他:京都府出身。地域での民生児童委員活動や高齢者の居場所づくりなど地域福祉と外国人支援の領域の「共生」を自らの活動として模索実践中。自治体での実践に取り組む岩田氏を通じて「やさしい日本語」と出会う。

岩田一成(聖心女子大学現代教養学部日本語日本文学科教授)

岩田一成

専門:日本語教育、日本語の文法、やさしい日本語
活動:横浜市、町田市、静岡県など様々な自治体で「やさしい日本語」推進活動に関わる。
目標:教室に留まらず社会に飛び出して活躍する日本語教師を養成すること。言葉がスムーズに伝わる風通しの良い社会を作ること。
その他:滋賀県出身、元青年海外協力隊隊員(内蒙古派遣:日本語教師)。自分の講演会に突然現れた武田氏を通じて、「医療の世界」と出会う。

石川ひろの(帝京大学大学院公衆衛生学研究科 / 帝京大学医療共通教育研究センター・教授)

石川ひろの

専門:ヘルスコミュニケーション学、医療社会学、行動科学
活動:医学部生から公衆衛生専門職修士・博士まで、保健医療専門職になる人を対象とした行動科学・コミュニケーションの教育
目標:コミュニケーションを通じた患者・市民と保健医療専門職との協働。それを促せる保健医療専門職を育てること。
その他:茨城県出身。医学教育を接点に交流のあった武田氏を通じて、「やさしい日本語」と出会う。 

代表のあいさつ

研究会世話人代表 武田裕子

医療と「やさしい日本語」の出会いに私たちが遭遇したのは、埼玉県三芳町の「街のひろば」です。私は、医学部教員として“健康問題の予防・治療の場”である「地域」に目を向け、文化や社会的背景の異なる人々から学ぶ“地域基盤型医学教育”を行ってきました。特に、2010~14年の英国・米国留学をきっかけに「健康格差」をテーマとするようになり、社会的に困窮している方々とその支援者に医学生が接する実習を順天堂大学で行っています。そのなかで、健康に影響する社会的要因(SDH:social determinants of health)」を医学生が考えるきっかけとして、“外国につながりのある子どもたち”への支援活動参加を実習プログラムに導入したいと考えました。そこで、外国人支援を行っているNPO法人「国際活動市民中心(CINGA)」の新居みどり氏に相談したところ、困窮家庭が多く医療的ニーズも高い外国人親子を支援している埼玉県三芳町のNPO法人「街のひろば」を紹介されたのです。

「街のひろば」の活動にどう参加できるか、中心的役割を担っている梶加寿子さんにお尋ねしたところ、子どもたちへの栄養教室と外国人である両親への「健康相談」の実施を提案されました。そこで、2017年2月に、順天堂大学医学部ならびに医療通訳養成を行っている国際教養学部の教員・学生と共に「街のひろば」を訪問することになりました。そして、その準備教育として、新居氏から「外国人の抱える三つの壁:ことばの壁、文化の壁、法律の壁」についての講義を受けたのです。その際、医療界ではほとんど知られていなかった「やさしい日本語」を、私たちは初めて知ることとなりました。

私は米国で臨床研修を行っており英語には困りませんでしたが、実際に「外国人健康相談会」を行ってみますと、英語で会話できる方はわずかでした。多様な言語の医療通訳者の協力をすぐに得ることができない状況では、「やさしい日本語」が役立つことが分かりました。「やさしい日本語」は、外国語の学習と違って、新しい単語を覚えたり文法を学ぶ必要がありません。ちょっとしたコツと工夫で、普通の会話であれば驚くほど理解されるようになります。慣れるまで時間がかかるかもしれませんが、伝えたいという思いさえあれば試行錯誤のなかから必ずよい方法が見つかると感じました。

「健康相談会」では、ことばや文化の壁が、外国から来られた方々に大きな不安をもたらしていることを知りました。日本語を母語としない方々にとって、医療機関の受診はとても勇気がいることです。「なるべく病院に行かずに治るのを待つようにしている」と言われる方も少なくありません。医療機関を受診されたときには、かなり切羽詰まった状況である可能性があります。ことばが分からないからと義務教育中の子どもが学校を休んで付き添うことも、まれならずあります。詳細な病歴聴取が必要な時、深刻な状況の説明など、医療通訳者の存在が最も必要とされるそのような場面で通訳者に活躍して頂くために、普段、私たち医療者が自らできることとして「やさしい日本語」の活用が求められます。さらに、医療者が「やさしい日本語」を話すと、医療通訳者が通訳しやすくなり、翻訳アプリでもより正確に外国語に変換されることに、私は後から気づきました。

「やさしい日本語」の学びは、医学生・医療系学生が、健康の社会的要因を体験して学ぶ貴重な機会になります。同時に、医療者が「健康格差をもたらす社会的要因(SDH)」に直接に働きかけることのできるツールともなります。「街のひろば」での活動の後、私は新居氏と相談し、医療者への「やさしい日本語」の紹介と医療機関への導入を図る活動を開始することにしました。それには、学術的裏付けが必要であり、医療分野ならではの特性も考慮した「やさしい日本語」教育が必要です。そこで、日本語教育学が専門の岩田一成氏、さらに、医療コミュニケーションの専門家である石川ひろの氏にメンバーに加わって頂き、教材や教育プログラムの監修をして頂くことになりました。現在、この4名が研究会世話人となり、医療の文脈における「やさしい日本語」教育のプログラム開発と普及に取り組んでいます。

私は、週に一度、在宅医療クリニックで訪問診療を行っているのですが、実はそこでも「やさしい日本語」の力を感じています。高齢者との会話や、例えば動転しているご家族への説明の際に、この「やさしい日本語」がとても役立つのです。外国につながりのある方々だけでなく、高齢者や障がいのある方、子どもたちなど、ことばの理解や聴こえに不安のある方々にもきっと大きな助けになることでしょう。様々な場面で、「やさしい日本語」が活用されることを願っています。

*研究会の設立・運営には、科研費基盤B:課題名“格差社会のニーズに応える医学教育:「健康の社会的決定要因」教育プログラム開発”(JSPS科研費18H03030)を用いています。また、2020年度は以下の助成を得て活動の充実を図ります:
○トヨタ財団特定課題2019年度「外国人材の受け入れと日本社会」
課題名:医療者への「やさしい日本語」普及を目指した地域における在住外国人参加型学習プログラムの開発と推進事業」
○東京都と大学との共同事業(2020年度)
課題名:医療者への「やさしい日本語」普及に役立つeラーニング教材開発とワークショップ開催